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福岡高等裁判所 昭和45年(う)22号 判決

被告人 香野圭造

主文

原判決を破棄する。

被告人を死刑に処する。

押収してある手斧一丁(福岡地方裁判所昭和四二年押第一七五号の1)を没収する。

理由

被告人の控訴の趣意は被告人並びに弁護人大原圭次郎提出の各控訴趣意書記載のとおりであり、検察官の控訴の趣意は検察官松尾俊夫提出(原審検察官大野正名義)の控訴趣意書記載のとおりであつて、これに対する当裁判所の判断は次に示すとおりである。

第一、被告人の所論中事実誤認の点について、

所論は、被告人は原判示第二事実につき殺意はなかつたが、ガス切断器で金庫の扉を焼いている最中宿直室に点灯され犯行が発覚したと思つたので、身の危険を思つて前後の見境もなく行動し、気が付いたときは宿直員を殺害していたものであつて、初めから殺害する意思を有していたものではないから、これに反する認定をした原判決には判決に影響を及ぼすこと明らかな事実誤認がある、というのである。

よつて所論の点を検討するに、原審において取調べた全証拠及び当審公判廷における被告人の供述によれば原判示事実は優にこれを認めることができるのである。(証拠略)によれば、当夜夜須農業協同組合(以下夜須農協と略称する)の宿直員であつた行武秀徳は、消灯して就寝中そのままの姿勢で何等抵抗の跡もなく鉈で頸部を三回強打切断せられて死亡しており、同農協の用務員で同所用務員室に就寝していた野田和子とその同居人野田大作は朝まで犯行を知らなかつたことが認められるところ、この点に関し原判決が挙示する被告人の各供述調書において、被告人は原判示第一事実の仲原農業協同組合(以下仲原農協と略称する)における金庫破りを発見せられて失敗したことから、夜須農協の金庫破りにはそのような失敗をくり返さないように、先ず宿直員を殺害して後金庫破りに取り掛ろうと企て、同農協に侵入後金庫の位置を確認の上、消灯していた宿直室に至り所携の懐中電灯で照らしたところ蚊帳の中に男が熟睡していたので、蚊帳を除いて就寝中の男の首を所携の鉈で三、四回切りつけて殺し、その後金庫の扉を準備して来たガス切断器で焼いたことを自認し、当審公判廷においても同農協に侵入し宿直員室に行き寝ている男を殺してから金庫の扉を焼いた旨供述しているのであつて、右被告人の供述は前記被害者の死亡の情況とも符合していてそのとおり認定しうるところ、全証拠によつても右認定を覆すに足らず、同趣旨に判示した原判決には何等の事実誤認は存しない。論旨は理由がない。

第二、被告人並びに弁護人大原圭次郎及び検察官の所論(量刑不当)について

被告人の所論は本件は当時ノイローゼ気味であつた被告人が短期間に繰返したものであつて計画的犯行ではなく、また窃取した自動車は被害者に返しているので、原判決の量刑事情とした事実に誤認があるというのであり、弁護人の所論は被告人を無期懲役に処した原判決の刑の量定は重きに過ぎ不当であるというのであつて、検察官の所論は軽きに過ぎ不当であり被告人を死刑に処すべきであるというのである。

よつて検討するに、原審において検察官が死刑を求刑したのに対し、原裁判所が無期懲役を言渡したことは記録上明らかであるが、原判決が量刑事情として特に説示するところを要約すると、本件は周到な計画と準備の下に凄惨、残忍、冷酷、大胆な犯行を犯したものであつて、動機において同情の余地なく、また罪証隠滅を計つていて、被告人の著しい反社会性が窺われ遺族の悲歎、社会的不安も大であり、被告人の刑事責任は極めて重大であるとしながら、被告人は二七才の前科のないおとなしい孤独な青年であつて、本来極悪非道な人格を有するとか反社会的危険性が定着しているとは考えられず、山下新蔵から金庫破りの計画をもちかけられて誘い込まれ、金銭に対する執念を燃やし、その意志不安定、情性欠如、自己中心性等の性格傾向から短絡的に本件を敢行したものであるが、右性格も不遇な生育歴によつて形成せられたものであり、本件後反省と悔悛の情を示しているというのである。

よつて原審記録並びに当審における事実取調の結果に現われている情状を検討することにする。

一、仲原農協における強盗傷人及び夜須農協における強盗殺人事件について

被告人は、遊興費等欲しさの一念から金庫破りをして一挙に大金を入手しようと企て、昭和四二年六月二日午前三時頃自動車にガス切断器ガスボンベ等を積載し、発見せられたときは逮捕を免れるため使用する目的で斧を携えて仲原農協に至り、入口扉の施錠をガスで焼切つて屋内に侵入し、金庫の扉をガスで切断しようとしていた際、近隣の大川義広に発見せられ、これを宿直員に発見せられものと思つて逃走中、逮捕を免れるため所携の斧で大川の背部に数回切りつけたものであつて、たまたま斧が大川の背をかすつたのみで大事に至らなかつたけれども、右の斧は新品鋭利であつて、場合によつては大川に重傷を負わせ或いは死に至す結果も十分考えられたのであつて、犯行は極めて悪質である。被告人は右失敗に懲りず再度金庫破りを計画し、今度こそは飽くまで目的を達成しようと決意を固め、金員奪取を成功させるためには侵入直後先ず宿直員を殺害して邪魔者を取り除いた上金庫破りに取り掛ろうと企て、六月二〇日午前二時半頃ガス切断器ガスボンベ等を自動車に積載し、宿直員殺害用の鉈を携えて夜須農協に至り、窓から屋内に侵入し金庫の所在を確認した後宿直員を探し求めて宿直室にいたり、就寝中の行武秀徳を認めるや、蚊帳を取りのけ矢庭に同人の頸部めがけて力一杯続けざま三回鉈で切りつけ、頸部を切断して即死させたものである。その殺害現場は凄惨を極めて鬼気迫り人をして目を蔽わしめるものがあり、昼の疲れに熟睡して無抵抗であり何も知らない、そして何の恨もなく何の罪とがもない同人を、ただ自己の遊興費等欲しさの私欲のために、手段を選ばず邪魔者として惨殺し虐殺したもので、その行為は残忍無類、極悪非道で天人共に許さない鬼畜に等しい兇行という外なく、更に被告人はこれにおびえたじろぐことなくその後約二時間の永きに亘つて金庫の扉をガスで焼切ろうとしたが、夜がしらじらと明け初めたので、発覚をおそれて逃走したものであり、その大胆にして冷酷な行動は言語に絶し慄然とさせられるものがある。

二、本件各犯行は周到な計画と準備の下に敢行せられたものである。

被告人は昭和四一年一二月頃協和金属工業株式会社に熔接工として勤務中、同社工員山下新蔵を知るに至り、その後山下から金庫破りの話をもちかけられてその気になり、翌四二年一月七日大型ガス切断器用火口を購入し、次いで同月一〇日A2型大型切断器を騙取し、同年四月中旬頃山下と共に自己が三月頃購入した自動車で佐賀県武雄市の佐賀銀行支店を下見分し、次いで警察の追求を免れるため川野正という偽名を用い五月初頃福岡市東光町二九〇番地光荘アパートの一室を借り受け移り住み、計画を着々と具体化していつたところ、山下は同月三日頃被告人の言動におそれを抱いて名古屋へ逃げたため、同人との共謀による金庫破りは実行できなくなつたが、その後も被告人は一獲千金の夢を断たず、単独によつても犯行を実行し初期の目的を達しようと決意するに至つた。

(1)  仲原農協事件について

被告人は、五月一五日原判示別表1の工具類を、同月一六日2の自動車を(被告人購入の自動車は五月一一日頃盗まれた)窃取したが、右自動車は被告人が乗り廻したので発覚をおそれて捨て同別表3の自動車を窃取し、更に斧、ナツプサツク、ペンチ等の工具、懐中電灯、手袋を購入し、同月二八日頃仲原農協を下見分し、六月一日には同別表4のガス切断器具一式を窃取し、これと一月一〇日頃騙取した大型ガス切断器を同別表3の自動車に積載して、六月二日午前三時頃仲原農協に至り強盗傷人事件を犯したものである。

(2)  夜須農協事件について

被告人は仲原農協の失敗に鑑み先ず宿直員を殺害して金庫破りをすることを企て、六月八日同別表5の自動車を、同月一三日頃同別表6のガス切断器具一式を窃取してこれを一時隠匿し、更に右自動車を発覚のおそれがあるとして乗り捨て、同月一六日頃同別表7の自動車を窃取し、車体の「原田商店」の記載を抹消して発覚を防止し、同月一七日頃殺害用鉈を窃取し、その頃ドライバー等の工具、手袋、懐中電灯、ナツプサツクを購入し、同月一八日頃夜須農協を下見分し、同月二〇日午前二時半頃前記別表7の自動車に6のガス切断器一式を積載して同農協に至り強盗殺人を敢行したもので、各窃取自動車はいずれも次ぎ次ぎに乗り捨て、関係各証拠品を処々に捨ててその罪証隠滅をはかつたものである。

以上各犯行は金庫破りを成功させるため周到に計画し準備された異常な執念の現われといわなければならない。

三、犯行の動機

被告人は貧困家庭の六人兄弟の長男として生れ、中学校卒業後、八百谷野菜店に約四年、三豊鋼機株式会社に約二年、自衛隊に約一年、三葉食品株式会社に約一年、協和金属株式会社に約四〇日、その後昭和四二年一月中旬から五月二日頃まで上野食品に、五月二六日から同月末まで有限会社浦部建材店に勤め、以後無職であつたものであるが、転職の理由は怠惰と勤務状態の不良によるものであり、前記のごとく昭和四二年三月には自動車を月賦で購入し、その頭金一一万円を母親に立替て貰い残債務を負つていたところ、失業保険金の不正受給による返済を迫られていた上、豪遊してみたいとの一念から一獲千金を夢み、その一片の私欲を満すために本件のごとき大罪を易々として敢行するに至つたもので、その動機において諒察すべき事情は全然認められないのである。

四、そこで、弁護人の所論中、被告人は金銭的欲望の偏執病であつて金のことを考えると他の事を考える余裕がなく事物の是非善悪の区別さえつかなかつたものであるとの点について検討を加える。

原審において取調べた全証拠によれば、なるほど、被告人は貧困家庭の長男として生い立ち、抑欝された性格を形成し、金銭に対し異常な執着を抱くに至り、五月初旬頃からは現金の札束が眼前にちらつき、金庫破りの執念を燃やしたこと前述のとおりであるけれども、被告人は一挙に大金を得んがため数箇月に亘つて周到に計画して準備を整え、周囲の情況を十分認識配慮しながら、緻密な計画に基づいて極めて大胆冷静に犯行を敢行しており、犯行後も自己の所為を十分記憶していて詳細に供述しており、その間に意識障害があつたとは認められず、犯行は三八日間に亘つて計画通りに行われており一時の精神の異常によるものとは言い難く、偏執病(狂)に伴う諸兆候は認められず、また被告人の生育歴、学歴、経歴において精神状態の異常を窺うに足る資料もないところ、犯行直近の勾留中である同年七月上旬頃被告人は自己のなした行為の重大性を自覚し、絶望的或いは捨鉢的言辞を弄しているのであつて、十分その行為の反社会的であることの価値判断をなしうる能力があることを認めることができるのである。医師今任準一作成の鑑定書によれば、同医師は家族歴、生育生活史、既応病歴、性格、身体の状況、精神の状況(行動、面接、各種心理テスト)、犯行後の精神状態について十分検討を重ねた結果、被告人は知能程度こそ正常の下位にあるが精神薄弱ではなく、外面的にはおとなしく孤独な人物であるが、内面的には意志不安定、惰性欠如、自己中心性の傾向を主徴とする異常性格の所有者であり、精神分裂病その他の狭義の精神病ではなく、その異常性格は生来性のもので家庭環境転職不良交友等によつて増強せられ顕著になつたものであること、本件の動機は金銭的私欲にあるが、被告人は自己の目的に合致するように行動する能力をもち、その行為の是非善悪を判断する能力を備えていたのであつて、これまで性格の破綻がなかつたのは或程度の自制力があつたためで、性格の偏異は重篤ではなかつたと鑑定しているのである。右鑑定には弁護人主張のような納得しがたい点は存しない。前叙の次第で被告人は本件犯行当時事物の是非善悪を判断し、これに従つて行動する能力を有していたものと認めるに十分である。

五、犯罪後の情況

被告人は夜須農協の強盗殺人事件を犯しながら、その翌日原判示別表8の窃盗を犯し現行犯人として逮捕せられ取調を受けるに至つたが、右窃盗事件を自供したのみで他の重大犯罪については一切秘匿したため釈放され、その後の捜査により物証を示されて已むなく全事実を自供するに至つたものであるところ、本件強盗殺人事件により甘木警察署に留置中の昭和四二年七月頃看視している司法警察職員に対し「あんた達は寝よると俺から殺されるぞ、俺は無鉄砲なことをするぞ。」と言つたり、「自動車を盗まねばこんなことにはならなかつたのに。」「殺していなかつたら二、三年で済むのだが殺しているから俺の一生は終つた。」等と独言して舌打ちし、ふてくされたり捨鉢的言動をとるのみで、前記大罪に対する心底からの反省心は認められなかつたが、昭和四三年一月一二日には福岡拘置所から逃走しようと企て未遂に終つた事件を起し、昭和四四年一一月八日には同拘置所の舎房内の鏡を破損し、排水用ボタン止鉄板を折り曲げたりして反則を働いていたが、同年一二月一九日の原審判決言渡の終了後被告人は法廷の傍聴席に向つて舌を長く出して眼をむくという態度を示し、そのため傍聴席にいた被害者行武秀徳の両親は極度に侮辱せられたと思つて断腸の思いをしたのであるが、更に被告人は昭和四五年三月五日再び逃走を企て、右拘置所房内において金属性タオル掛をはずし開錠用具を作成し開錠に着手しているところを発見せられているのである。被告人は当公判廷において、原審判決言渡当時舌を出した記憶はなく、出したとすればはにかんでしたのだと思うと供述しているけれども、本件のごとき重大犯罪を犯し死刑を求刑されている法廷において、如何なる理由にせよ長い舌を出すという心的態度は極めて不謹慎であり非難さるべきものといわねばならない。本件犯行について裁きの庭に立つ被告人は何はともあれ犯行の重大性に心底の良心が揺り動かされて目覚め、知能程度は低く教養に欠ける点があつたとしても、当然深い悔悟反省の念が内から湧き出てて然るべきところであるのに、前記一連の態度はこれを窺うに由ない思いを禁じ得ない。このことは被告人が本件重大犯罪に何等の抵抗もなく陥つたことが被告人の心底にある良心の咎めのなかつたのと同様に理解せられるべきであつて、被告人は本件犯行の前後を通じて遂に人間としての良心に目覚めることなく、いわば心身の上層感覚によつて動物的に終始しているものと解さねばならない。従つて被告人の犯罪的性格は改善し難く定着していて抜き難いものと断ぜざるをえない。前記今任準一の鑑定書はこの点を正確に指摘しているものというべきである。而して、被告人は犯行当時二五才に達しており、中学校を卒業し社会生活を営んで九年を経過しているのであつて、その人格形成を被告人の関知しない生育歴の不良にのみ求めることは不当であり、むしろ被告人の前記転職にみられる怠惰な生活態度に由来するところ大なるものありというべきである。

六、更にまた、被害者行武秀徳は高等学校を卒業して夜須農協に就職したばかりの真面目にして前途を嘱目された好青年であつて、たまたま当夜の宿直を親切に交替してやつたためにこそ本件惨劇の犠牲者となつて非業の死を遂げたものであつて、その遺族の悲歎心痛は察するに余りあるものがあり、その被害感情も無視しえないところ、被告人側から何等の慰藉の方法も講じられておらず、更に本件が夜須農協、仲原農協その他平和な農村地帯を戦慓せしめた社会的影響も忘れてはならない。

七、以上、屡述のとおり本件犯罪の動機、計画性、態様、被告人の性格、犯行後の態度等を仔細に検討すれば、被告人に存する有利な各種事情を考慮にいれても、被告人に対し極刑を避くべき理由は遂に発見し難く、極刑を科するのはまことに已むを得ないものといわねばならない。被告人を無期懲役に処した原判決は軽きに失し破棄を免れない。被告人並びに弁護人の論旨は理由がなく、検察官の論旨は理由がある。

よつて、刑事訴訟法第三九七条第一項第三八一条により原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書により更に次のとおり判決する。

(法令の適用)

原判決の確定した事実に法律を適用すると、被告人の原判示第一の所為中、住居侵入の点は刑法第一三〇条罰金等臨時措置法第三条第一項第一号に、強盗傷人の点は刑法第二四〇条前段に、判示第二の所為中、住居侵入の点は同法第一三〇条罰金等臨時措置法第三条第一項第一号に、強盗殺人の点は刑法第二四〇条後段に判示第三の各所為はいずれも同法第二三五条に該当するところ、判示第一の住居侵入と強盗傷人、判示第二の住居侵入と強盗殺人とはいずれも手段結果の関係があるので同法第五四条第一項後段第一〇条により一罪として重い強盗傷人、強盗殺人の刑で各処断することとし、所定刑中判示第一の罪につき有期懲役を、判示第二の罪につき死刑を選択し、以上は同法第四五条前段の併合罪であるから同法第四六条第一項により他の刑を科さないこととして被告人を死刑に処し、押収してある手斧一丁(福岡地方裁判所昭和四二年押第一七五号の1)は原判示第一の強盗傷人の供用物件であつて被告人以外の者に属さないから同法第一九条第一項第二号第二項本文を適用してこれを没収し、原審及び当審における訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項但書により被告人に負担させないこととし、主文のとおり判決する。

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